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 横浜の桜木町の駅を降りてランドマークタワーに向かって歩いていくと、すぐに右手に日本丸の姿が見えてくる。帆船独特の穏やかで優美な姿は「みなとみらい」におけるアクセントとして、横浜の風景に欠かせないものとなっている。昭和59年に運輸省航海訓練所の練習船としての使命を終えた日本丸は、横浜市に譲渡され船籍地を「横浜」に変更し、1985年より石造りのドックの中に水をはった状態で一般公開され、横浜の観光スポットとして親しまれている。今回は日本丸の中を見学しながら、当時の厳しい船上での生活、生き抜くための様々な工夫をご紹介していきたい。

 
 「帆船日本丸」は商船学校の練習帆船として、地球の約45.4周分に相当するする延べ183万kmを航海し、11,500名の実習生を育てた船。船内には、エンジンの機関室から、実習生室、調理室、手術室や掃除用具に至るその細部まで船内の実習生の生活を伺い知ることができる。そこには限られた船内での過酷な生活を過ごすための工夫がいたるところに施されていた。

 船内に入るとすぐの場所に洗濯桶が置かれている。実習中の洗濯は毎週土曜日に一度だけと決まっており、しかも20人に対し洗濯桶が4つだけの限られた水で洗濯をしなければならなかった。実習生全員で協力しあわなければならない厳しい現実を、入口の洗濯桶が語っている様に感じた。
 
 そんな実習生たちの旺盛な食欲を満たすために、調理室では一日に夜食も含めて4回、たった10名の事務部員達が約数百人の食事を作っていた。ご飯やみそ汁など大量に煮炊きするものは大釜を使い、燃料は蒸気を利用していた。海が荒れて料理ができない時には、おむすびに缶詰や漬物だけの日もあったという。調理室には当時の献立表かぶら下がっており、予想以上にメニューの内容にも工夫が凝らされていることに気付いた。サンドイッチやチャイニーズスープ、ローストチキン、ハムサラダなど限られた環境の中でも実習生たちの身体を気遣い、バランスと栄養価を考えていたことがわかる。

 そんな実習生たちの部屋は、1部屋8人で小さな窓があるだけの手狭な部屋。しかしこんなに狭くて硬いベットであっても実習生たちにとってみれば、唯一の憩いの場であったに違いない。一方、士官がいつも食事や会議をする部屋では、絵が飾られていたりして実習生達の部屋のつくりよりも少し高級感がある。航海中は船が傾く事が多いので、テーブルも椅子も床に固定して動かないような工夫もされている。
 
 近代的なビル群が立ち並ぶみなとみらいの中心に、今は静かに都市の発展を見つめる様に停泊している日本丸。現在の穏やかな様子からは想像できないほど、そこにはいくつもの困難を乗り越えてきた歴史的背景と強さと誇りを感じた。それらを象徴するかの如く機関室にあるエンジンの運転時間は世界一で、稼動時間(54年2月20日4時間7分)は世界一を誇り、1988年にギネスブック記録されている。日本丸の姿には、その歴史を知らない現代に生きる私達にも、凛とした強さを訴えかけている様である。
 
 

掲載期間:2008年3月30日出発まで
 



 

 
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